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November 24, 2008

[書評] クラウド化する世界

 先月出版された、ニコラス・G・カーによるクラウド化する世界という本を本日読みました。この本はお勧めできます。私には知っている内容が多かったので、2時間程度で読めましたが、クラウドコンピューティングについてあまり知らない人は、何日かかけてじっくりと読むといいでしょう。
 原題は、"The Big Switch: Rewiring the World, from Edison to Google" です。昔、電力のインフラが構築された頃の出来事と、現在、コンピューティングのインフラ(クラウドコンピューティング)が広まろうとしていることを重ね合わせながら、今後、世界がクラウドコンピューティングを広く利用するようになると予測している本です。このように、難しい内容を分かりやすく表現しています。

 この本の著者のニコラス・カーという名前をどこかで聞いたことがあると思っていましたが、P.3(プロローグ)に書かれているように、5年程前、ハーバード・ビジネス・レビュー誌にもはやITに戦略的価値はないという論文を書いている人でした。ITにお金を使うなという本も書いています。

 「クラウド化する世界」の中で、ニコラス・カーは、クラウドコンピューティングが広く普及するであろう理由として、「規模の経済」でコンピューティング利用が大きく効率化されることを何箇所かで示しています。電力インフラ供給に例えて、「情報の発電所」(P.70)という言い方もしています。例えば、グーグルは典型的な企業の十分の一のコストでコンピューティング処理を利用できる(P.80)そうです。
 なお、クラウドコンピューティングの「規模の経済」については、日経コンピュータ記者によるクラウドは“規模の経済”の必然というITpro EXPOの講演でも言われています。その講演では「データセンターを安く高密度に展開し,リソースを遊ばせない事業者がクラウド時代の勝者になる」と予測しています。

 アマゾンがS3やEC2というクラウドサービスを始めた理由が、P.89に示されています。これは知りませんでした。アマゾンは、猛烈なクリスマスセール週間に対応できるだけの大きさにシステムを構築しなければならなかったが、それは年にたった一回しか巡ってこないため、システム容量の大部分はいつも使用されないままだった。システムを貸すことによって、アマゾンは設備稼働率を上げて、コンピューティング全体の経費を大幅に削減することができる。という理由でした。巨大ネットショップ特有の悩みを解決するためのサービスだったのです。

 後半は、クラウドコンピューティングにからんだ諸々の話題が書かれています。知っておいたほうがいいような話がほとんどです。
 怖い話も出てきます。P.275に、次のような話があります。

インターネットの能力、範囲および有用性の拡大がもたらした最も革新的な結果は、コンピュータが人間のように考え始めることでなく、我々がコンピュータのように考えることなのだ。リンクを重ねるたびに、我々の頭脳は「"ここ"で見つけたもので"これを行え"、その結果を受けて"あちら"に行く」ように訓練される。その結果、我々の意識は希薄になり、鈍化してゆくだろう。我々が作っている人工知能が、我々自身の知能になるかもしれない。
 こんなことを言っている人はいます。POLAR BEAR BLOGにも紹介されています。こうならないように、IT教育において気を付けないといけないでしょう。

 訳はほぼ問題無いと思いましたが、一箇所、P.192の "transparent personalization" は、「透過的な個人化」と訳していて分かりにくいです。「人に気付かせないで、個人毎に変えている(パーソナライゼーションしている)」といった表現のほうが分かりやすいでしょう。

 クラウドコンピューティングが広まって、社会のインフラになると思われるため、インフラ独特の次のようなことを考え始めるべきでしょう。
・独占問題。(社会インフラのユーティリティ事業では、独占は許されないため。)
・国内で提供するべきかという問題。(現状、主なクラウドコンピューティングのサーバは海外にあるはず。そのため、例えば、海底ケーブルをテロで破壊されるなどされると、日本では大きな問題になる。)

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November 14, 2008

ロング・テールは嘘?(DHBRの論文に対して)

 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー誌2008年12月号にロング・テールの嘘(アニタ・エルバース著)という論文が載っていました。
 この論文は、「現状ではロング・テール現象が言えない」ということを示した論文です。まず、ホーム・ビデオの売上について、2000年と2005年のデータを比較しています。「2000年と2005年を比べると、一週間で数百しか売れないタイトルはどの週でもほとんど二倍になっている。しかし、まったく売れないタイトルの数は四倍に増えていた。」というような結果などから、現状でのロング・テール現象を否定しています。また、音楽産業でも同様な結果が出ていると、著者は指摘しています。

 しかし、この論文では流通の仕組みの変化(効率化)を全く考慮していません。流通の仕組みの変化から、今後の傾向を予測しようとしていないのです。音楽配信では、"digital only" のものも増えています。その場合、パッケージ製造のコストが不要になるため、今後もテールが長くなってゆくのは間違いないでしょう。テールの先で全く売れない商品も増えるでしょうが、パッケージ製造のコストがなくなれば、ある程度売れればビジネスになるため、テールを狙ったビジネスが衰えることはないと思われます。

 そのように、ロングテール現象は、ニッチ商品の販売量の増減の傾向としてのみ見るのではなく、「不足の経済」から「豊穣の経済」へと向かう中での自然な流れ(結果)として考えたほうがいいと思います。
 特に、ネット企業はロングテール現象を意識した戦略(ロングテール現象を狙うか、または狙わないか)をはっきり立てたほうがいいでしょう。著者は、「ロング・テールにおいて大きな利益が上げられるかどうか、疑わしい」と述べていますが、もともとロング・テールは利益を生みにくいので、何らかの工夫(アマゾンであればe託販売など)で、利益を少しずつ生むような経営努力が不可欠でしょう。このような観点から見ると、この論文での「つくり手へのアドバイス」は、かなり変です。

 また、「The Winner-Take-All Society(ウィナー・テイク・オール)」というフランク/クックの本から、「歌劇カルメンの世界最高の録音が入手できたとしたら、それに劣る録音をだれが聴くだろうか。」という文を引用もしています。しかし、熱烈なクラシックファンならば、1つの曲のCDをいくつも持っている人が多いです。カルメンでも、「このCDのホセが最高」「このCDのミカエラが魅力的」「このCDのオケの演奏が一番」といった理由で、いろいろなCDを持っている人がいるでしょう。変わった録音があれば、ほとんど売れていないものでも買うかもしれません。このように「オタク」の存在を考えると、ロングテールは必ず存在するのです。

 ですので、「ロング・テールは嘘」というのでなく、この論文の著者が調べたデータの範囲では、ロング・テールは見いだせなかったという程度の論文と思っていいと思います。

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November 03, 2008

ビジネスモデル/サービスの特許性の問題(米国のBernard Bilski事件)

 先週、米国でビジネスモデルの「方法」に対して、特許性を認めない判決が出ました。これは、Bernard Bilski事件と呼ばれる事件で、どんな判決が出るかが注目されていました。WSJやSeattle Times等で報じられました。

 日本でも、次のような記事が出ています。
 ・ITmedia「米連邦控訴裁、ビジネスメソッド特許の出願認めず」
  (この記事で「変質」という訳は変です。"transform"は、加工等による「変換」というような意味のはず)
 ・CNET「米裁判所、ビジネスモデル特許を却下--テクノロジ業界への影響は?」
 ・IP NEXT「Bilski訴訟の控訴審判決、ビジネスモデルの特許性を認めず」

 この事件は、エネルギーコスト急落のリスクをヘッジする「方法」が、抽象的なアイデアであるため特許を受けることはできない、という米国特許商標庁の判断に対する裁判でした。判決は、米国特許商標庁の判断を支持したものでした。
 このBernard Bilski事件の詳細は、河野英仁弁理士による今年4月時点の解説「ビジネス方法は特許されるか?~非ハードウェア型ビジネスモデル 大法廷で審理される~」が詳しいです。

 日本では、もともとビジネス方法特許について、このような判断がされています。日本では、抽象的な「方法」では特許を受けられません。ビジネスモデルやサービス提供において、計算機をどのように使うか、といった具体的な仕組みで特許が与えられます。米国でも、そのような扱いになってきていて、それが裁判で確認された、ということでしょう。米国特許商標庁は、一時はビジネス方法特許をかなり認めていて、特許許可率が5割程度あった頃もありました。それが、2003年には特許許可率は約16%にまで下がっています(なお、日本はもっと低くて8%程度)。

 抽象的なアイデアやサービスを特許に認めることで、パテントトロールなどの問題が多いのは事実です。例えば、米国ではTax Strategy Patent(納税のしかたの戦略に関する特許)は、税金関連のコンサルタントのビジネスに影響するため、保護対象から外すかが問題になっています。この問題については、John Marshall Review of Intellectual Property Law(Fall 2007)に、The Proliferation of Tax Strategy Patents: Has Patenting Gone Too Far?という論文があります。

 しかし、ビジネスモデルやサービス自体を権利化できなくなることで、eビジネスやサービス分野のイノベーションが減退してしまう危険性もあります。革新的なサービスでも仕組みについての特許出願が進歩性の面から拒絶されたり、たとえ仕組みを権利化できたとしてもサービスは回避されやすくなる場合も多いためです。独占できない権利でいいので、何らかの権利を与えるべきと思います。元祖権のような知財制度を考えてゆく必要を今回も感じました。

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