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October 27, 2006

ロングテールの本の訳についての不満

 Chris AndersonのThe Long Tailの原書を、9月の下旬から10月にかけてゼミで読みました。全体の十数%(Introduction・3章・4章)ですが、しっかり読みました。
 その後、読んだ部分について、その和訳本である早川書房のロングテール 売れない商品を宝の山に変える新戦略の訳と突き合わせてみました。この和訳本は、こなれた訳で読みやすいですが、原書と突き合わてみると和訳に少し不満を感じました。以下に、主な不満点を上げてみます。

Introduction (はじめに)

原文 P.8の23-24行目
 non-hits --- from healthy niche product to outright misses
翻訳 P.18の15列目
 売れない商品 - 健康関連のニッチ商品から全くの失敗作まで
→ 「健康関連の」でなく「健全な」と訳したほうがいいのでは? 失敗作ではないが、ニッチなので少ししか売れない、という意味で "healthy" と表現したのでは?いきなり「健康関連」が出てくるのは変です。

原文 P.11の8-9行目
 the bottlenecks that stand supply and demand in our culture
翻訳 P.22の1列目
 文化の供給不足という障害(ルビで「ボトルネック」)
→ 意訳せずに「文化における需要と供給の間のボトルネック」と訳して欲しかったです。この場面ではこれでも正しいですが、一般には需要側のボトルネックもありえるので、正確に訳したほうがいいでしょう。

第3章

原文 P.41の下から8-7行目
 simply unified the elements of a supply-chain revolution
翻訳 P.57の6列目
 供給改革の諸要素をただ統合した
→ 「供給改革」ではなく、「サプライチェーン改革」と訳してほしいです。なお、P.59 では、そのまま「サプライチェーン」と訳して、解説を付けています。

原文 P.44の4行目
 This time-scheduling system brought efficiency to mail order
翻訳 P.60の6列目
 この発送締め切りシステムは通信販売の需要を増やした。
→ 「このスケジューリングシステムは、通信販売の効率を高めた」でしょう?原文には、「需要」とは書かれていません。ここの訳は不正確です。

原文 P.49の下から2行目
 brand loyalty
翻訳 P.67の左から4列目
 ブランドへの顧客の信頼
→ マーケティング用語ですので、「信頼」よりは「ブランドロイヤリティ」と訳して欲しいです。また、この語を含む段落と次の段落の順番が原文と逆です。

第4章

原文 P.52の6行目
 bottlenecks of distribution
翻訳 P.70の3列目
 流通の制約

原文 P.53の下から7行目
 distribution bottlenecks
翻訳 P.71の左から4列目
 流通経路の狭さ
→ 同じなのに、訳が違っています。専門用語ですので、両方とも「ボトルネック」と訳して欲しかったです。なお、これ以降にも、この表現が多く出てきます。

原文 P.53の2行目
 That ratio is growing exponentially
翻訳 P.70の左から1列目
 ニッチ商品の割合は急速にもっと高まる。
→ 「指数的に」が省かれています。学術書ですので、省くべきでないです。

原文 P.57の表
 Connect Supply and Demand
翻訳 P.76の表
 需要と供給の一致
→ 「一致」では誤解されます。「需要と供給を結びつける」としたほうがいいでしょう。

 この本は、全体的にくだけた表現が多いですが、専門用語も多いので、翻訳する上で大変かもしれません。また、訳者は、出版社から「訳は分かりやすく」と要求されていたのかもしれません。私としては、もっと「堅い」訳にしたほうが、学術書としての価値は高くなると思います。

 ということで、著者の真意を正しく知りたい人は、原書も購入したほうがいいでしょう。

[追記] (2006/10/31)

 まだすべてチェックし終えていませんが、もう少し追加しておきます。

原文 P.68の16-17行目
 they are stastically optimized to excel over time and large numbers
翻訳 P.89の左から5列目
 時間と情報が増えれば確実性が高まるだろうと楽観視されている
→ ここでは、optimizeは「楽観視」でなく「最適化」と訳すべきです。「時間と情報が増えることで、統計的に最適化される」と訳したほうが意味が取れます。

原文 P.69の16-17行目
 no single one of which is authoritative
翻訳 P.91の24列目
 どれ一つとして正式ではない
→ ここでは、authoritativeなので「正式ではない」よりも「権威があるわけではない」と訳したほうが意味がはっきりします。

原文 P.151の下から1-2行目
 tuned in real time on the basis of checkout data
翻訳 P.193の7列目
 販売データをもとにさらに微調整される
→ ここでは、「リアルタイムで」は略さないほうがいいです。というのは、ここで言われていることは、日本で「リアルタイムPOS」と呼ばれる仕組みのことと思われるためです。「リアルタイムPOSのデータでさらに微調整される」と訳してもいいでしょう。

原文 P.169の17行目
 Another part of the answer is demographics
翻訳 P.214の左から5列目
 別の理由として、人々の意識変化というのも挙げられる
→ 「demographics」は、一般には「人口動態」と訳します。「意識変化」は意訳しすぎでしょう。

 その他、大きな間違いではないですが、コメントしておきます。

 P.16の5行目とP.26の下から2行目に、"positive feedback loop" とあります。訳本では、「いい循環」と訳されていますが、理系の人には、「正のフィードバックループ」のほうがイメージしやすいでしょう。

 5章で、Wikipedia等について、"probabilistic system" と何箇所かで表現されていて、訳本ではこれを「確率システム」と訳しています。しかし、一般にはこの語は「確率論的システム」と訳します。The Long Tailブログの日本語訳でも「確率論的」と訳しています。ちなみに、反意語は「決定論的」。

 P.75の12行目の "I've done that with my own blog" を訳本(P.98)で「僕もブログのライセンスをとった」と訳されていますが、「クリエイティブコモンズに則ったライセンス形態のもとに置いた」ということを言っているはずです。

[追記] (2006/11/2)

 主な点を再度追加します。網羅的にチェックしたわけではありませんが、これでお終いにします。

原文 P.182の節タイトル
 THE RISE OF MASSIVELY PARALLEL CULTURE
翻訳 P.232の節タイトル
 巨大な並列文化の隆盛
→ "massively parallel culture" は、"massively parallel computing/machine"(超並列計算/マシン) をもじったものだと思います。ですので、「超並列(マッシブ・パラレル)な文化」とでも訳したほうがいいのでは? The Long Tailブログの日本語訳でも「超並列」と訳しています。

原文 P.208の14行目
 created a platform
翻訳 P.266の3列目
 足場を築いた
→ この文は、以降で説明されるSalesforce.comによるSaaSのプラットフォームのことでしょう。ですので、「足場」よりも「プラットフォーム」のほうがいいでしょう。

原文 P.217の下から1行目
 collaborative filtering
翻訳 P.276の左から1列目
 集合知を利用したフィルタ
原文 P.223の14行目
 collaborative filtering
翻訳 P.284の10列目
 集合知を利用したフィルタ
→ この語は、日本では「協調フィルタリング」と訳されることが多いです。Wikipediaにもあります。

原文 P.218の1-2行目
 This is difference between push and pull
翻訳 P.277の1-2列目
 問題は押しつけか引き出しかだ
→ ここでのpushとpullは、マーケティング用語での「プッシュ型」(押しのマーケティング) と「プル型」(顧客を引き寄せるマーケティング) の意味と同じでしょう。

原文 P.219の下から8行目
 One distribution method doesn't fit all
翻訳 P.279の8列目
 法則3 - 流通経路を拡げよ
→ ここで言いたいことは、日本で「マルチチャネル販売」と呼ばれていることです。ですので、「流通経路(チャネル)の種類を増やせ」と訳したほうが、意味がはっきりするでしょう。また、法則3の最後の文の「市場」の前に「潜在的な」が抜けています。

 私は、この本の翻訳者は比較的よい仕事をしたと思います。点数でいえば、80点は与えていいかと思います。しかし、この本はeビジネス分野や流通分野でとても重要な意味を持つ本であり、学生にはじっくりと読んでもらいたい本です。学生がこの本の内容を十分に理解する上で、一部の訳し方が障害になりかねないと危惧されたため、このように細かく調べて指摘いたしました。あら探しをしたわけではありません。

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